いい年こいてこんな話をするのもなんですが、最近は何もしていません。なぜなら空き時間を全て費やしていることがあるからです。
それはゲーム。
恥ずかしい。まだ世の中にゲームは健全なものとしては認められていません。だから申し訳ないという気持ちになってしまうんですね。子供のころは、母親によく叱られました。
テレビゲームは娯楽。これも時代によって変わります。
明治から昭和初期まで娯楽といえば書物。国語の授業でも歴史の授業でも習った人たちですね。
次が映画。かつてのシネマスターは今とは比べ物にならないくらい絶大な人気だったことでしょう。私は知りませんが。
そして、テレビとコミックの時代。このころから書物と映画はかつての地位を失っていく。夏目漱石や芥川龍之介とて今の時代に生きていたら名を残せなかった可能性は大いにあると思います。
次にゲームそしてインターネット。今の時代は娯楽も多様化が進み、絶大な人気を集める娯楽はもうないと私は思っています。
いずれ年寄りがゲームしていても当たり前の時代は来ると思いますが、まあ私のようにやりすぎてはいけません。たとえ映画でも小説でもやりすぎはダメですからね。
どれほどやったのかといいますと・・・
徹夜が平気なくらい。
脳というのは興味があるものに対しては非常に活性化します。眠くならないし、頭は切れるし、お腹も減らない。知らないもの、形式が定まっていないものに対しては脳は非常に活性化します。そんな状態を引き起こすのはやはりゲームがすごいんです。だからゲームから離れ仕事に行くときの疲れの出方は半端なかったです。
これは今回の本題ではありません。娯楽の多様化。こちらが本題です。それも少しずれてはいますが。
前回の「AIに愚痴る」にありますが、ネット社会が深まり露骨な収益重視の動きが目に見えて本当に嫌になってくるというところですね。
大手だと多少は大きく構えて「儲け主義ではありませんよ。お客様のニーズにこたえるだけです」という感じは表面上はしていします。コンプライアンスもあるし。
でも、アマゾンでさえ露骨な広告収入目当て。ネットで検索するとどこにでも入り込んでくる楽天。楽天で変な趣味のものを買ったりしたら、他人には見せられないような楽天広告が出てくるのであれは何とかしてほしい。
大手でさえこれだから小さいところはもっと露骨。少人数で表面に名前も出さずに詐欺まがいな事ばかりしている。だましてなんぼ?特定されにくいようにしているし、コンプライアンスなんてみじんもない。無料お試しにはうんざりだ。
正直もはやスマホで検索はできない。って前回も言いましたよね。広告料を支払っているところしか上位に出ないからネットで検索しても答えは出ずに広告しか出ない時代です。マニアの親切なホームページには行きつかない。これらを劣化と言わずして何というのか。
もしかしたら課金制で広告などを排除したものも出るかもしれませんが、どこにも思惑があるので解決策にはならないんだろうな・・・。
今は、AIに聞くのがまだましですね。平気で誤情報を教えますが。
さて落語家ならここでようやく上着を脱ぐところ。
ボクシングの世紀の対決。井上尚弥選手と中谷潤人選手の対決が5月2日にありました。ご存じの方は多いと思いますが、見た方は少ないと思います。
井上選手はこの数年は世界のトップとして不動の地位を確立しています。一方の中谷選手も32戦無敗の世界チャンピオンです。
そんな二人の対決は、日本ボクシング史上最高の試合とみられています。辰吉対薬師寺を引き合いに出す人もいますが、私は比較にならないと思います。
しかしこれ程の試合にも関わらず、今回の試合の方が注目度低いと私は思います。
やはり娯楽の多様化が大きいと思いますが、かつて力道山のプロレス、沢村忠のキックボクシングに勝るとも劣らないくらいボクシングの人気は高かった。世間が格闘技ブームだったのでしょうか。
私はその時代は知りませんが私が見たことのある具志堅用高さん、渡辺次郎さんなんかは時代のヒーローでした。
井上選手の人気もあり今回の試合はさすがに注目度は高かった。いろいろなところで情報が出てくる。
試合も近づいてきて試合を見るにはどうすればいいと考えて検索します。案の定PPVだ。価格は、予約して6000円当日なら7000円とのこと。
なかなかの値段だ。最近なぜこのような方式が多いのかというと、放映権料が高いから。それをテレビは支払えない。だから、オリンピックにしても大谷翔平にしても案外テレビで見れないのはこのせい。
PPVの文化が日本ではまだなじみが薄い。今はネット配信されているドラマを見る人も増えてきたが、私は必要性を感じていないので見たことない。もともとテレビドラマを見なかったから。映画は面白いけどそれを見る時間があるならゲームするし・・・。
広いアメリカでは全国同時にやるテレビ番組ってあるのかな?最初から娯楽の中に占めるテレビの範囲は日本より小さかったのかもしれない。衆と異なることを嫌う日本では全国放送のテレビが大きな影響を果たしたが、個を大事にする欧米では端からPPVで興味あるものを見る土台があったのでしょう。
大衆に対する広報の役割が大きい日本のテレビと好きなものだけを見るマニアなPPV。同じ映像を出す装置でも大きな違いがある。
マニアな世界への入り口にはなっているが、注目度が高いものは利用者も増え金を生む。基本無料の日本のテレビとは大きな違いだ。日本のテレビは影響力という波を起こせても金を生み出す速さにおいてはPPVにかなわない。
PPVは高い放映権料を払うのでファイティングマネーも高くなる。興行を起こす側はそこにとびついたのだろう。興行だから出演料のファイティングマネーは同等ではなく、井上選手は10億以上で中谷選手は数億と書いてあったような気がします。
世界チャンピオンという高みに立ち、どちらも無敗で負けると失う物が大きい。スポーツ化しているとはいえ真剣勝負の殴り合いだからケガもするし場合によっては命を失う事もある。そりゃ、ファイティングマネーは高くしてほしいし当然の権利と思う。
でもこれ程すごい試合にも関わらず試合の後に語り合った人はいたでしょうか?「あの試合すごかったな」とか「あの8Rが勝敗を決めたな」と語り合う事はなかったです。あれだけ注目された試合なのにほとんどの人がその映像を見てないんだから。
結果として井上選手が僅差の判定勝ちをしたと記録に残るが、鮮烈な記憶には残らない。
これは、ボクシング界にとって大きなマイナスではないかと思います。高い放映権料を求めた結果、お金を得ることはできたがそれ以外のインパクトは残せなかった。
具志堅さんのころ、いや辰吉選手や亀田選手のときでさえ、「昨日のダウンしたときのパンチすごかったな」とか「内藤選手意外と強かったな。パンチ力は無いけど上手に戦っていたな」とかいう話題になりました。でも今回は上らないんです。
放映権の兼ね合いもあり放送できないのでテレビでの取り扱いは試合前も試合後も皆無。新聞には出ていたが、選手のコメントもなく世紀の対決の結果報告としてはあまりにも静か。テレビを敵に回したのは大きい。事前の広報活動ができないし、試合後にテレビに出て試合の事をを語ることもできないんだから。
逆に言えばそれでもあれだけの注目があったのに。といいたい。
私はテレビとタイアップして、メインまでの試合をテレビで放映させたらいいのにと思いました。そうすれば、井上尚弥の試合も見たいとなって当日にPPVの契約が増えたと思います。
また、試合の数日後でいいので試合をテレビで放映する権利を売ればよかったのにと思いました。
PPVは独占したいばかりに、興行側は契約相手の意思に従ったために・・・
それだけで世間の認知度が大きく変わったと思います。
日々精進し続け、命を懸けて戦う選手に多額のファイトマネーを払うのはよい事と思います。
でもボクシングの普及についてはどうなのか?
今回のやり方だと試合を目にするのはボクシング関係者と熱心なファンだけ。一般のファンましてや子供たちは目にすることは無い。
この前の柔道の全日本選手権で優勝した田嶋剛希選手は「柔道を普及していくことが使命です」といっていました。これはアマチュアスポーツ。マイナースポーツだから言う事なのかもしれません。
ボクサーはプロもいるほど現在も興行として成功しています。当の本人は仕事だから必死です。でも人気がないとお金は生まれません。人気がないと次世代の選手も生まれません。今ボクシングをやっている人には励みになっても、これからボクシングをするかもしれない人には何の影響も与えていないのです。この辺りは当事者はどう考えていたのか・・・
もう少し視野を広げ普及活動にも目を向け放送の仕方を考えたらよかったのではと思います。
私たちにしたら100万円でも大きな金額ですが、ファイトマネーが20億から19億になってもショックは少ないのではないかと思います。大谷選手なんて10億くらいでも平気で寄付しそうです。
その辺がとても残念だと私は思いました。