ミスタートンの思い込み

ミスタートンが、日々の何気ないことや疑問の思ったこと、そしてスポーツについてぼやきます

オリンピック・・・

 

今日は、朝から素晴らしいニュースが飛び込んできました。

それは!

MTのOB亘が、世界ジュニア柔道選手権で優勝したこと!

あまりにもすごすぎてもう何が何だかよく分からない。

今、どのスポーツもジュニア世代(21歳以下)から高校生あたりが注目されています。なぜなら東京オリンピックが行われる6年後には、選手としてピークを迎えるであろう世代だからです。

シニアではない55キロ以下級での優勝で60キロまで階級を上げなくてはいけませんが、筋肉の鎧を着てもらい28歳の〇藤選手と24歳の亘が代表権をかけて戦う・・・そんな夢のような事まで想像してしまいます。

以前、別の私のブログでも亘の事を書いたことがあります。

小学生の時は、小さくて弱かった。練習は、40度の熱があろうと骨折をしようと休まなかった(正確に言えば、休ませてもらえなかった)。だからしょっちゅう練習中は泣いていた(特に練習前)。

練習を休ませなかったのは、お母さん。亘は、負けても負けても頑なにまじめにやり通した。

中学になり体重別の試合が増えてから変わった。そして、中学3年には全中大阪予選を制し全国大会に出場しました。そういえば小学生の時に他所の道場の技がうまくてガッツあふれる子を指さして亘に「お前もあんな風にできないか?ぼこぼこにされるで」と言ったことがありました。すると「負けませんよ」と言う返事。じゃあと言うことで練習をさせたら亘の方が強い。大きいものに負けていたからわからなかったけれど、亘は自分より小さいものには負けなかったのだ。(それが分からなかった私は・・・)

亘の柔道の取り組み方に影響を与えたのは、常に全力でサポートし続けたお母さんでした。時に周囲が見えなくなることもあるぐらい全力でした。そのお母さんが急逝されました。まじめでまっすぐな亘がすごく落ち込んでいたのを今でも覚えています。

でも、ここからがすごかった。翌年、カデ(現在は17歳以下)の全国大会で優勝。3年生では60キロ以下のインターハイ京都予選を制し全国大会出場。その後適正体重の55キロ以下でジュニアの全国大会を制した。そして昨日22日(アメリカ時間)世界ジュニア優勝。

「お母さんに見せてやりたかったな」何度も口に出そうになる。でもそんなことは亘も当然思っている。きっと亘は、もっといいものをお母さんに見せようとして頑張り続けるだろう。だから、私は言いません。(ここでは書いてしまいましたが)でもどうしても亘と眞衣が活躍するとどうしてもお母さんを思い出してしまいます。それほど強烈でした。

亘が強くなったのは私のおかげではないことだけは言えますが、強くなる時と言うのは本当に分からない。ましてやオリンピックを口に出せるような選手にまでなるのは、想像もつかない。

ただ、才能があり、運も味方にし、チャンスをものにした。

これだけは言えます。亘は、本当にまじめに頑なに柔道に向かい合って頑張ってきました。少し図々しいくらい柔道にはまじめでした。今はそれにプラスして、プライドや周囲の応援や期待も背負ってやっています。まるで「俺について来い」と言っているように。そのうちに日の丸も背負うのかも。

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